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医師が処方する医薬品の公定価格(薬価)の高騰が問題視されている。画期的な効果を見せる半面、投与に年間1千万円以上かかる薬も登場。高齢化で医療費が膨らみ、財政へのしわ寄せが看過できなくなっている。一方、製薬会社は「適正な価格」が認められなければ先進的な新薬開発は難しいとの立場だ。薬価はどうあるべきなのだろうか。
「『密室』で価格が決められ、年間売上高が1千億円を超える医薬品が出てくる。国民的な理解は到底得られないのではないか」。4月13日、厚生労働省で開かれた中央社会保険医療協議会(中医協)。中川俊男・日本医師会副会長はこう指摘し、「抜本的に制度を見直すべきだ」と迫った。
超高額の医薬品が相次いでいる。代表例は2014年9月発売の抗がん剤「オプジーボ」。がん細胞には免疫細胞の攻撃を防ぐ仕組みがあるが、これを解除する新しいタイプの薬だ。
まず皮膚がんの一種「悪性黒色腫(メラノーマ)」向けに承認され、肺がんにも保険適用が拡大された。ヒトの免疫力を使ってがんを死滅に追い込む機能が注目される一方、標準的な投与方法で薬代は年間3500万円に及ぶ。他にもC型肝炎治療薬「ハーボニー」は昨年9月の発売時、服用終了までの3カ月分で670万円の薬価がついた。
高額療養費制度などで患者の自己負担は一定の枠内に抑えられる。しかし国の財政負担は大きい。ある試算によれば、オプジーボの投与対象は5万人ほど。仮に全員に使われると、薬剤費は年間1兆7500億円に膨らむ計算だ。
なぜ薬価が高騰するのか。大規模な臨床試験などで研究開発費が膨らむ。微生物や細胞を培養して造り、コストが高い「生物製剤」が増えている側面もある。ただそれだけではない。
薬価の決め方は2パターンに大別される。製造コストや研究開発費、営業利益などを積み上げる「原価計算方式」と、効能が似た既存の薬と比較して導く「類似薬効比較方式」だ。
厚労省で薬事行政に関わった東京大学大学院の小野俊介准教授(薬学系研究科)は「原価方式は企業の言い値で薬価が決まる部分がある」と指摘する。例えば製造効率などが実際より低く申告された場合、「妥当かどうかを行政が検証するのは難しい」。影響は比較方式にも及ぶ。原価方式で高くなった薬が基準では、製造コストが大幅に低くなっても薬価は高止まりしやすい。
中医協の下部組織で薬価を事実上決める「薬価算定組織」の会議は非公開だ。厚労省は「企業秘密が絡むため」とするが、客観的に議論されたのかどうか、第三者にはうかがえない。
対象患者が増えても、すぐに薬価を見直す仕組みはない。オプジーボでは最初に承認されたメラノーマの対象患者を470人と見込んでいた。少人数の利用でも開発費を回収できるよう、薬価は高く設定された。
しかし昨年12月に「非小細胞肺がん」にも適用が拡大され、対象は数万人に膨らんだ。販売する小野薬品工業の16年度の売り上げ予想は1260億円。メラノーマで承認申請した際の売り上げ予想の実に40倍だ。
厚労省は対策に乗り出している。今年4月に「特例拡大再算定」と呼ぶ制度を導入。年間1千億円以上売れたら薬価を最大で25%、1500億円以上なら同50%下げる仕組みだ。4種類が対象となり、「ハーボニー」は32%下げられた。
製薬会社は反発。多田正世・前日本製薬工業協会会長は制度決定の際、「市場規模拡大だけで薬価を引き下げるルールは、イノベーションの適切な評価に反しており容認できない」と表明。米国研究製薬工業協会のジョージ・A・スキャンゴス会長も「薬価が突然下がるような仕組みがあると、日本に投資しづらくなる」と批判した。
医療費の4分の1を占める薬剤費。財政に限りがある中、下押し圧力は今後も高まるだろう。下げすぎれば企業の競争力をそぐ。海外勢が日本での承認を後回しにして「ドラッグ・ラグ」も生まれかねない。難しいかじ取りが続く。
◇ ◇
■費用対効果も反映
薬剤費は年々膨らんでいる。全国保険医団体連合会の推計では、2014年の医療用医薬品の総額は9.9兆円。00年に比べ6割増えた。15年以降も高額医薬品が相次ぎ承認されており、この傾向は今後も続く。
薬剤費を抑えるため厚生労働省は2年に1回、薬価を数%ずつ引き下げてきた。特許切れの成分を使って価格が安い後発医薬品の普及も促進。病院で使う薬に占める割合を「18~20年度に80%以上」にするのが目標だ。
今年始まった「特例拡大再算定」に加えて、18年には薬の「費用対効果」を調べて薬価に反映する方法を試行する予定だ。どれだけ延命できたか、生活の質が改善したかなどを数値化して比較する。英国やオーストラリアで導入が進んでいる。
海外の制度に詳しい東京大学大学院の五十嵐中特任准教授(薬学系研究科)は「薬価と薬の価値を見比べる仕組みはなかった。従来より適正な価格がつくようになるはずだ」と指摘する。
(野村和博、辻征弥)
[日本経済新聞朝刊2016年6月26日付]
http://www.henshikou.com/blog/blog_20190402_12
「男子用を女性が使用するのはやめて」「まつげカール器を加熱しないで」。最近、各地の公共トイレで、利用者にこんな注意を呼びかける貼り紙が目につく。清潔さや機能面で先進性を世界に誇る日本のトイレだが、利用するマナーの面では問題も少なくないようだ。公共トイレの中で、何が起きているのだろうか。
「ここから先 男子用トイレ」。近畿自動車道の東大阪PA(大阪府東大阪市)の男子トイレ入り口で、目を引くポスターがある。スカート姿の赤いシルエットが男子トイレに入ろうとする絵に「車両通行止め」のマークが重なる。
◇ ◇
作ったのはNEXCO西日本の大阪高速道路事務所の職員だ。「女性の方の利用はご遠慮ください」の文言通り「男子トイレに女性が入っている」との声に対応した。
同社は2014年から今年3月まで、名神高速道路の吹田SA(大阪府吹田市)に「『今だけ男』の独自ルール適用もご遠慮ください」というユニークなポスターを掲示していた。今回は第2弾にあたる。
掲示しているのは、売店のあるメーン棟から少し離れた「サブトイレ」の入り口。吹田SA、東大阪PAとも、メーン棟には十分なトイレ個数があるが、このサブトイレは少なめだ。「マイクロバスなどから大人数が一斉に降りてサブトイレを利用しようとしたとき、女子トイレが少ないと勘違いし、男子用に入ってしまう傾向がある」(管理第二課の松野照雄課長)
くさくて汚い。暗くて危険。しかも壊れている。かつてこんな「5K」状態だった公共トイレ。改善が進み、清潔さと多機能さは世界が驚くレベルになった。しかし、美しくなった公共トイレの中で起きているマナー違反は「無法地帯」とでもいえそうな状況だ。
「まつげカール器をライターで温めると、火災報知機が鳴ります」。東京・渋谷の商業施設内のトイレで多く目にする注意書きだ。化粧直しでまつげをカールさせようと、金属製の化粧小物をライターで温める人が少なくないのだ。
多くの商業施設はトイレに煙や熱に反応する炎監視センサーを設置。個室内の喫煙を見つけるための装置だ。しかし最近、このまつげカール器のようにおしゃれ目的の動作に伴うセンサー反応が後を絶たない。
あるファッションビルの関係者は「買った服に着替えるため、商品についたタグを切ろうとライターを使う例もある」と打ち明ける。火災につながりかねない危険な行為なのに、その自覚がないという。
さらにここにきて深刻な問題になっているのが、使用済みの注射針をトイレに捨てて立ち去る例だ。
トイレの壁や個室ドアに貼られた、注射針のイラストや写真入りの表示。インスリン用注射針などの廃棄、処理方法を注意喚起するポスターだ。商業施設などでの掲示が増えている。
東京・日本橋の商業施設「コレド室町2」ではトイレのゴミ箱の上に、イラストと画像入りの注意喚起の貼り紙を掲示。京王百貨店新宿店(東京・新宿)は昨年7月、トイレ個室のドア裏に、注射針を持ち帰るようにとの表示を貼った。「それでも廃棄は続いている」と担当者はこぼす。
在宅医療の普及で、病院以外の場所で自己注射する人が増えた。外出中にトイレの個室で打った後、使い捨ての針をトイレに廃棄する例が問題となっている。
使用済みの注射針には、利用者の血液が残っている可能性がある。誤って針に触れると、B型肝炎やC型肝炎、エイズウイルス(HIV)など血液由来の感染症にかかるリスクがある。
ビルの清掃や設備管理の企業が加盟する全国ビルメンテナンス協会(東京・荒川)が2014年に実態調査をしたところ「個室のペーパーホルダーに針が置かれていた」「針がむき出しでゴミ箱に捨てられていた」といった事例が寄せられた。35歳の女性清掃員の手に注射針が刺さり、肝炎や梅毒、HIVの感染を調べる血液検査を計4回実施した、との例も挙がった。
業界内では研修等を通じて注意喚起を進めているが「商業施設を除くと、ビルオーナーの協力が得られにくく、周知が進まない」(事業開発部の芦野太一さん)という。海外では公共の注射針回収ボックスの設置が進むが、日本では普及していないことも背景にあるという。
公共トイレでモラル意識に乏しい行為が目立つのはなぜか。関係者の多くが指摘するのは、トイレ空間の清潔感や快適さが向上した結果、自宅の居室と同様の感覚で過ごす人が増えていることによる影響だ。
商業ビル向けトイレを企画・提案するLIXILの石原雄太さんは「トイレでこっそり泣いたり一休みしたりと、公共のトイレは利用者にとって用を足す以外の場でもある」と語る。
ただ、公共トイレを私的な行為の場と見なす感覚が行き過ぎた結果、順番待ちやゴミの持ち帰り、防災面に配慮した化粧行為の自粛などの公共のルールを守るより、自分の都合や利便性を優先する傾向が浮き彫りになっている。「日本のトイレは素晴らしい」。世界からの評判は、このままでは設備などのハード面だけにとどまってしまうかもしれない。(南優子)
http://www.henshikou.com/blog/blog_20190402_13
肩や太ももなどの筋肉に炎症が起こる多発性筋炎や皮膚筋炎は、筋力が弱って日常生活に支障をきたす。炎症を抑える薬で症状が治まっても薬を飲み続ける必要がある。厚生労働省の難病研究班が立ち上がり、病気の実態調査や新たな治療法の開発が始まっている。
大阪府泉佐野市に住む桶谷誓子さん(44)が皮膚筋炎の診断を受けたのは約3年前だ。肩や指などが痛む関節リウマチにかかり、注射薬の治療を始めるとまぶたが真っ赤になった。薬の副作用かと思ったが、詳しく調べると太ももなどの筋肉で炎症が見つかり、全身の筋力が衰えていた。2カ月間入院し、症状が落ち着いた今も炎症や免疫を抑える薬が欠かせない。
多発性筋炎や皮膚筋炎は「膠原(こうげん)病」と呼ぶ病気の一種で、関節リウマチや全身性エリテマトーデスなどの仲間だ。はっきりした原因はわかっていないが、ウイルスや細菌などと戦う免疫が自分の体を攻撃してしまう自己免疫疾患と考えられている。慢性化するため症状を抑える薬の投与を続けなければならない。
多発性筋炎は筋肉に強い炎症が起こる。筋炎とともに、まぶたや指の関節部分の皮膚が赤くなる特有の皮膚症状を併発すれば皮膚筋炎となる。遺伝的ななりやすさに加えて、感染症や日光、たばこなどの環境要因が加わって発症したり症状がひどくなったりするとみられている。筋力の衰えのほか筋肉や関節の痛み、発熱などが主な症状だ。
患者は中年の女性が多く、男性よりも発症しやすい。他の膠原病を併発する例もある。患者数は全国で推計約2万人と、さほど多くない。電車で立っているのがつらい、疲れやすいといった症状から異変に気づく場合がある。
膠原病に詳しい京都大学の三森経世教授によると、全身のだるさなどから肝炎などと誤診されたり半年以上診断がつかないまま病院を転々としたりする例もあった。現在は血液で病気特有のたんぱく質を調べる検査法が確立し、診断にそれほど時間がかからなくなったという。
厚労省の難病研究班では、患者数や治療内容などの調査をもとに14年に診断基準を改訂し、15年末には治療指針を作った。新たな診断技術や治療法の研究も進めている。
患者には口の周りやのどの筋肉が衰えて飲み込みにくさを感じたり、うまく話せない違和感を覚えたりする人もいる。まぶたや手の甲などの皮膚が赤くなる症状が出るときもある。
治療は炎症や免疫を抑えるステロイド剤が基本だ。数カ月の入院が必要なケースもあるが、8割の患者は炎症が治まる。ステロイド剤は筋力低下や血圧上昇といった副作用が懸念される。このため退院までに徐々にステロイド剤を減らす。ステロイド剤が効きにくい患者は免疫抑制剤を合わせて飲むこともある。
退院後の生活は症状のぶり返しや感染症に注意しながら、無理せず過ごすことが大切だ。ステロイド剤と免疫抑制剤で多くの場合は筋炎の症状を抑え込めるようになった。ただ少し無理をすると体のだるさや筋肉痛、関節痛などに苦しめられる。疲れて頻繁に横になる人も多い。免疫力の低下で感染症にかかるのではないか、いずれ症状をぶり返すのではないかと心配しすぎてしまう人もいるという。
出歩くと疲れやすいので、途中で一休みできるように時間に余裕をもって行動する。家事や仕事も周囲の人に助けてもらう。また日光を浴びると皮膚症状が現れることがあるので避ける。薬の作用で免疫力が低下し、風邪やインフルエンザなどにもかかりやすくなるので、マスクを着用するなどして感染予防にも心がける。
多発性筋炎や皮膚筋炎は命を落とすことは少ないが、三森教授は「重篤な病気を合併するケースがあり注意が必要」と語る。代表的な合併症は間質性肺炎という特殊な肺炎で、患者の約半数にみられる。また皮膚筋炎とがんを併発するときもある。
患者の多くは筋力低下や筋肉痛、倦怠(けんたい)感のためにそれまでの日常生活を送れなくなるが、外見は健康に見えるので周囲からの配慮が得られずつらいと訴える声も多い。
2008年に皮膚筋炎を発症した大阪府高槻市の水越広美さん(57)は病状の悪化で3回入院した。「一人で不安な思いを抱えるより、患者会などで情報収集し、他人の話を聞いたり話したりすることで前向きになれる」と話す。周囲の配慮は欠かせないが、社会全体でどのように支えていくかも課題になりそうだ。
◇ ◇
■衰えた筋力を回復 アミノ酸製剤を服用、リハビリも効果的
多発性筋炎や皮膚筋炎は筋肉に起こる炎症で筋力が低下する。炎症を抑えるステロイド剤の副作用による筋力低下も深刻だ。厚生労働省の研究班の調査では、患者の約半数で低下した筋力が回復しない問題が明らかになった。東京医科歯科大学を中心に全国の病院で、初めて発症した患者にアミノ酸製剤を飲んでもらって筋力回復を目指す医師主導の臨床試験(治験)を実施中だ。
治験に使うアミノ酸製剤は既に肝硬変の治療のために薬剤として実用化している。東京医科歯科大の上阪等教授の研究で、多発性筋炎のモデルマウスにアミノ酸製剤を与えると筋力回復効果があった。
有効成分はスポーツ選手向けに販売する食品にも含まれているが含有量が少ない。
治験ではアミノ酸製剤そのものを飲む。上阪教授は「(治験で)大量に服用しても副作用はほとんどないと思われる」と説明する。
ステロイド剤を長期間服用すると、筋力が回復しにくい。治験はステロイドの治療を始める前の患者に限った。筋力の回復にはリハビリテーションも効果的だ。
(岩井淳哉)
[日本経済新聞朝刊2016年4月17日付]
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新しい薬を開発するために欠かせない臨床試験(治験)。世界で処方されるあらゆる新薬は、治験を経て患者の手に届いている。だが治験の実態はあまり知られておらず、「こわい」「危ない」といったイメージが先行しがちだ。新薬開発に欠かせない治験の概要や、治験参加時のポイントをまとめてみた。
治験とは、将来の新薬として期待されている候補物質を人間に投与して、効き目や安全性を確認するものだ。開発段階に応じてフェーズ1からフェーズ3まで大きく3段階に分かれる。
フェーズ1では、動物実験で効き目などを確認した新薬候補を人間に初めて投与する。女性特有の疾患を除くと、治験に参加するのは健康な若年男性がほとんどだ。最初は新薬候補を少しだけ投与し、体の反応をみながら段階的に用量を増やす。効き目と副作用のバランスに注視しながら、最適な用量を探る。
フェーズ1で重い副作用などが出なければ、フェーズ2に進む。フェーズ2では少数の患者に新薬候補を投与し、安全性や効き目をさらに確認する。日常生活を送りながら参加できる治験も多い。最終段階となるフェーズ3では、多数の患者に新薬候補を投与する。大規模な治験になると国内だけで千人、全世界で1万人を超える規模もある。
患者にとって治験に参加するメリットは、未承認の新薬候補をいち早く試せる機会になることだ。C型肝炎など、治療の難しかった病気が新薬で治るケースはある。ただ、画期的な新薬を試せる機会は限られる。むしろ治験では既存の薬より効き目が良く、副作用が少ないと期待される新薬候補を試す機会があると考えるのがよいだろう。
デメリットにも注意が必要だ。新薬候補の特性を確認するため、病院の検査時間が長くなり、通院回数が増えることもある。症状などの変化を毎日記録に残すケースもある。体への負担が増し、治験によっては知られていない副作用が出てしまう可能性もある。
また治験に参加しても、新薬候補を試せないこともある。治験によっては、新薬候補を試すグループと、新薬候補の成分が入っていない偽薬(プラセボ)を飲むグループに参加者を分けるからだ。参加者はどのグループに入るか知らされず、新薬候補ではなく偽薬を飲む可能性がある。
治験の参加は、文書による本人の同意が必要だ。参加希望者には医師や専門のコーディネーターが約1時間かけて、治験の概要やスケジュールなどを説明する。説明の場で即決する必要はなく、「家族と時間をかけて相談し決めてほしい」(東京大学医学部付属病院の渡部歌織氏)。
患者を対象にした治験に参加するきっかけは、主治医からの紹介が多い。別の病院で行われる治験についても、「まずは主治医と相談した方がスムーズ」(国立がん研究センター新薬臨床開発分野長の山本昇氏)という。病気の進捗や健康状態など、治験参加には詳細な条件を満たす必要があるため、患者自身で客観的に判断することは難しい点に注意したい。
治験によっては新聞の折り込みチラシや雑誌などで参加者を募集するものもある。この場合も条件に合わないと参加できない。専門のコールセンターで希望者を受け付けるが、「最終的な治験参加者は全体の1割以下」(第一三共)だ。
フェーズ2以降の治験では、参加者に負担軽減費として1回につき7000円程度が支給されることが多い。このほか「治験に必要な新薬候補や検査費は製薬企業が負担する」(日本製薬工業協会)。
アジアで新薬を継続的に開発できるのは日本だけ。千葉大学の花岡英紀教授は「患者と一緒に新しい医療を創るのが治験」と、治験の役割を説く。治験を受ける機会があれば、まず医師やコーディネーターの説明をじっくり聞き、メリットとデメリットを十分に検討したうえで判断したい。
◇ ◇
■がん治験数 10年で4倍に
医薬品医療機器総合機構によると、2014年度の国内臨床試験(治験)は601本だった。ここ数年は600前後で推移するなか、がんの治験が増えている。14年度は159本と、10年間で約4倍に膨らんだ。
治験はGCP(治験の実施基準)と呼ばれる国が定めたルールを厳守しなければならない。GCPにより治験参加者の保護と、信頼できる治験データの収集体制が整備された。1990年代後半には参加者への文書による説明と本人同意が必須となり「治験環境は大きく改善された」(厚生労働省の森和彦審議官)。
以前は信頼性に欠ける治験も散見された。例えば80年代に発覚した日本ケミファ事件では、新薬の承認申請に必要な治験データが偽造され、社会問題となった。
海外の治験ルールとの共通化も進んでいる。かつては海外で発売済みの新薬を、国内で遅れて発売するために行う治験が目立った。今では米国や欧州などと同じタイミングで治験を実施する世界同時治験が増えている。
(北沢宏之)
[日本経済新聞夕刊2016年3月17日付]
http://www.henshikou.com/blog/blog_20190402_15
毎日欠かさず飲むという人も多いコーヒー。以前は「カラダに悪い」といわれていたが、最新の研究により「カラダにいい」ことが続々と明らかになっている。わが国の大規模疫学調査によって明らかになってきた「コーヒーとがん」の関係について、日本のがん研究の総本山ともいえる国立がん研究センターに最新事情を伺った。
「健康な状態で長生きしたい」と思いつつも、誰もが「いつかかかるのでは」と心配になるのが「がん」という病気。今や、日本人の2人に1人がかかるといわれる国民病だ。
若いうちは「自分には無縁」と思っていても、40代、50代になり、身近な人や有名人ががんにかかったという話を耳にすれば、「発症を防ぎたい」「予防できる方法があるなら知りたい」と思うようになる。コーヒーががんに効くなら、コーヒーを飲む機会を増やそうと思う人も少なくないはずだ。
以前、コーヒーは「発がん性がある」と思われていた時期がある。しかし最近では、コーヒーは「がんに効果がある」という報道を耳にするようになった。最新の研究ではどう判断されているのか。効果があるとしたら、どの部位のがんなのか。
先に結論をいうと、肝臓がんと子宮体がんの予防に効果が期待できる。国立がん研究センターによる調査・研究によると、肝臓がんを抑える効果は「ほぼ確実」、子宮体がんを抑える効果は「可能性あり」と判定されている。肝臓がんのような特定のがんについては、コーヒーを日々飲むことで発生リスクを抑えられる可能性があるわけだ。
今回は「日本人にとってどのような生活習慣ががん予防につながるのか」をテーマに研究を行っている国立がん研究センター予防研究部部長の笹月静さんに詳しく話を聞いた。
■日本人の生活習慣とがんの関係を20年以上にわたって調査
――そもそもの話になりますが、国立がん研究センターでは、食事などの日々の生活習慣とがんとの関係について、どのように調査、研究しているのでしょうか。
笹月さん 国立がん研究センターでは、がんなどの病気と生活習慣との関連を長期間にわたって研究してきました。ここで用いられているのが「コホート研究」という手法です。国立がん研究センターでは、1990年から国内で開始、現在も追跡調査が続けられ、研究結果が日々蓄積されています。
「コホート」とは、年齢や居住地など一定の条件を満たす特定の集団のことです。現在、岩手県、長野県、東京都、沖縄県、大阪府、高知県など全国の一般住民14万人を対象に研究が行われています。余談ですが、「コホート(cohort)」の語源は古代ローマの歩兵隊で、300~600人ほどの兵隊の群を意味します。
最初に対象者に主に対面でアンケート用紙を配布し、健診に参加する方の場合は血液試料や健診データについても提供していただきます。さらに5年後、10年後、というふうにアンケート調査を行っていきます。その中で、がんにかかる方、糖尿病にかかる方などが出てくるので、それらの病気と生活の関連をみていく研究です。扱う内容は、食事内容はもちろん、喫煙や飲酒、体格、運動、さらに睡眠やストレスといった社会心理学的要因など、多岐にわたります。
お酒が好きな人、喫煙者、熱心に運動をする人などが混在する一般住民の大集団を対象に、まっさらの状態からスタートし、10年、20年と追跡していくわけです。
――時間も手間もかかりそうな調査ですね。
笹月さん だからこそ研究結果の信頼性が高まると考えています。
私たちの研究グループは、国内で行われている研究を基に、日本人のがんと生活習慣との因果関係の評価を行っています。同様の研究は国際的な研究機関でも行われていますが、欧米人と日本人は体格も違うし、食べているものも違うために、海外の研究が主体の評価基準をそのまま日本人に当てはめて考えるのは難しい面があります。日本人を対象とした研究に限定して、がんとの因果関係を評価し、がんを予防する手立てをお伝えすることが重要と考えています。
国立がん研究センターのコホート研究は、10年、20年という追跡期間を経て、2000年代から続々と結果がまとまってきました。その研究を含めて、科学専門誌などに掲載されたがんの研究結果から、評価の対象になる方法(コホート研究と症例対照研究)で実施された論文をピックアップして、それぞれについて科学的根拠や信頼性なども併せて評価しています。
評価の結果を、全体および個々の部位について、国立がん研究センターのホームページで公開しています。
■コーヒーの「肝臓がんのリスクを下げる」効果は「ほぼ確実」
――具体的に、コーヒーとがんの罹患(りかん)については、どんなことがわかってきたのですか。
笹月さん 現在は、肝臓がん、子宮体がん、大腸がん、子宮頸(けい)がん、卵巣がんの評価を掲載しています。それぞれ以下のような評価になっています。
「肝臓がん」のリスクを下げる効果=ほぼ確実
「子宮体がん」のリスクを下げる効果=可能性あり
「大腸がん」「子宮頸がん」「卵巣がん」のリスクを下げる効果=データ不十分
「ほぼ確実」「可能性あり」といった言葉は「科学的根拠としての信頼性の強さ」を示す指標のことです。最も信頼性が高い評価から順に「確実」→「ほぼ確実」→「可能性あり」→「データ不十分」となっています。例えば、「喫煙」と「肺がん」との因果関係の評価は、最も信頼性が高い「確実」。つまり、たばこは肺がんのリスクを高めるのは確実というわけです。昨年話題になった「保存肉/赤肉」は、大腸がんのリスクを高くする「可能性あり」になっています。
――コーヒーについては、肝臓がんに対する予防効果が「ほぼ確実」になっています。つまり、コーヒーをよく飲む人は肝臓がんにかかりにくいわけですね。
笹月さん 肝臓がんのがん予防効果は、2000年代から「効果あり」というエビデンスが集まり始めました。これ以降、複数のコホート研究によって一致して「コーヒーはがんに予防的に働く」となったために、上から2番目の「ほぼ確実」の評価となっています。
国立がん研究センターのコホート研究では、40~69歳の男女約9万人について、調査開始時のコーヒー摂取頻度により6つのグループに分けて、その後の肝臓がんの発生率を比較しました。調査開始から約10年間の追跡期間中に、肝臓がんにかかったのはそのうち334名(男性250名、女性84名)です。
その結果は、「コーヒーをほとんど飲まない人と比べ、ほぼ毎日飲む人は肝臓がんの発生リスクが約半分に減少する」というものでした。1日の摂取量が増えるほどリスクが低下しました。1日5杯以上飲む人では、肝臓がんの発生率は4分の1にまで低下していました。
これらの結果からも、コーヒーをたくさん飲んでいる人が肝臓がんの発生リスクが低くなるのは、おそらく事実といっていいでしょう。特に「ほとんど毎日」「毎日1~2杯」「毎日3~4杯」「毎日5杯以上」飲む人についてのデータは、統計学的に有意なデータが出ています。「ほとんど毎日」以上の方々は、はっきりリスクが下がっていると言えます。さらに、多く飲んでいる人ほどリスクは下がっているという傾向も出ています。
世界のがん研究をとりまとめる米国がん研究機構による最新の要約を見ても、肝臓がんリスクを下げる飲み物としてコーヒーが浮上しています。肝臓がんの最大のリスク要因である肝炎ウイルス感染の有無で分けても、同様に肝臓がん発生リスクが低くなることがわかっています。
――大腸がんに関しては、以前はリスクを下げる「可能性あり」に分類されていましたが、最新の情報では「データ不十分」となっています。
笹月さん 一昨年まとめられたコホート調査によって、がんリスクを上げるという新たな結果が出てきたためです。多くの結果はがんリスクを下げるか、中立的なものなのですが、研究を統合して解析するメタ解析の結果、関連性は見えなくなり、研究班で討議を行い、判定を下げたほうがよいだろうという結論になりました。このように、常に新しい研究結果も追加しながら判定して、その都度情報を更新しています。
子宮体がんについては、2008年の多目的コホート研究の結果から、1日1~2杯、3杯以上飲むグループではそれぞれ、罹患リスクが低下しているという結果や、他の研究結果から「可能性あり」に分類しています。
このように、大腸がんについては「データ不十分」となりましたが、がん予防に効果的な部位も示されています。コーヒーを適度に飲むことは予防的な手段の一つと判断できるでしょう。
■「糖尿病予防」効果と「抗酸化作用」の両面から効いている?
――数あるがんの中で、なぜ肝臓がん、子宮体がんに対して、効果が期待できるのですか。
笹月さん 私たちは、コーヒーががんに作用するメカニズムの研究を直接しているわけではありませんが、肝臓がんや子宮体がんは糖尿病を発症するとかかりやすくなるがんであることがわかっています。一方で、コーヒーが糖尿病を予防することも、すでに多数報告されています。コーヒーによって糖尿病リスクが下がればがんリスクも下がる、ということは十分に考えられます。
また、コーヒーにはポリフェノールの一種である抗酸化物質のクロロゲン酸が豊富に含まれています。クロロゲン酸には、血糖値を改善するほか、体内の炎症を抑える作用があります。クロロゲン酸を継続摂取することもがんに予防的に働いているのではないかと考えています。あくまで推測ですが、コーヒーは「糖尿病予防」効果と「抗酸化作用」の両面からがんを抑制する働きをしていると考えられます。
■コーヒーを飲むと、心臓病のリスクが軽減
――話が変わりますが、国立がん研究センターは昨年5月に、「コーヒーを飲むと、心臓病のリスクが軽減する」という研究報告を発表されましたね。ニュースなどで大きく取り上げられました。
笹月さん 緑茶やコーヒーなどについての研究結果に対する関心は一般に高いのですが、予想以上に大きくマスコミに取り上げられたので驚きました。
この調査も、国立がん研究センターのコホート研究に基づいて導き出されたものです。緑茶とコーヒーの摂取と、全死亡リスク、がん、心疾患、脳血管疾患、呼吸器疾患などの死亡リスクとの関連を解析しました。
コーヒーについては、「1日3~4杯飲む人は、ほとんど飲まない人に比べ、心疾患、脳血管疾患、呼吸器疾患の病気で死亡するリスクがそれぞれ4割程度減少する」といった結果が出ています。全死亡リスクについては、コーヒーを1日3~4杯飲む人の死亡リスクは、24%低いという結果になりました。ただ、今回の取材のテーマであるがん死亡の危険度については、この調査では有意な関連性は見られませんでした。
国立がん研究センターでは、数年前に新たなコホート調査を立ち上げた。1990年代当時に比べ国民のコーヒー摂取量は増えていることもあり、今後、新たな知見が報告される可能性は十分にあるだろう。
http://www.henshikou.com/blog/blog_20190402_16